偉人・学者から学ぶ | キルケゴール

監修

公認心理師による解説

障害福祉15年・カウンセリング累計300名以上の臨床経験/こころの相談室いしずえ運営

「大丈夫?」と聞かれれば、「平気です」と答える。 頼まれれば引き受け、求められる役割はきちんとこなす。 職場では「しっかりした人」と言われている。 ——それなのに、ふと一人になったとき、自分が何を感じているのか、何がしたいのかがわからない。

こうした「自分を見失っている状態」を、170年以上前に誰よりも細かく分析した思想家がいます。 デンマークのセーレン・キルケゴールです。

キルケゴールと『死に至る病』

キルケゴール(1813–1855)は、デンマークのコペンハーゲンで生まれ育った思想家です。 「人間一般」ではなく、「この私が、どう生きるか」を問い続けたことから、 実存主義の源流とされています。 42歳で亡くなるまでに、いくつもの筆名を使い分けて膨大な著作を残しました。

『死に至る病』(1849年)は、その代表作の一つです。 「死に至る病」とは、絶望のこと。 ここでの「死」は肉体の死ではなく、自分自身から逃れることも、自分自身になることもできずにいる、 終わりのない苦しみを指しています。

キルケゴールにとって「自己」とは、固定した「もの」ではありません。自分が自分自身とどう関わっているか、という関係そのものです。 絶望とは、この関係がゆがんでいる状態だ——というのが、本の出発点です。

絶望の3つの形

キルケゴールは絶望をいくつもの形に分けていますが、支援職の悩みに重なるのは次の3つです。

① 自分が絶望していることに気づいていない絶望

キルケゴールは、これが最もありふれた絶望だと言います。 本人は「別に平気」「特に困っていない」と感じている。 けれど実際には、自分が自分であることを、とうに手放してしまっている状態です。

支援職に置き換えるなら、「平気です」が口ぐせになり、疲れも不満も感じなくなっている状態です。 (何も感じないの記事で扱っている状態とも重なります)

② 絶望して、自分自身であろうとしない絶望(弱さの絶望)

自分であることがつらいので、別の誰かになろうとする絶望です。 周りの期待や役割に自分を合わせ、それになりきることで、自分であることから逃げようとします。

支援職に置き換えるなら、「いい職員」「頼れる人」という役割に自分を合わせ続け、 役割を外すと何も残らないように感じる状態です。 (他人軸とはの記事もあわせてどうぞ)

③ 絶望して、自分自身であろうとする絶望(反抗の絶望)

一見、②の反対に見えます。自分の力だけで自分を作り上げ、自分を支えようとする絶望です。 キルケゴールは、人は自分の力だけでは自分を成り立たせられないと考えました。 だからこそ、誰の助けも借りずに自分を支えようとすることも、また絶望の一つの形になります。

支援職に置き換えるなら、人を助けることはできても、自分が助けられることは受け入れられない状態です。 全部を自分で抱え込み、弱音を吐けません。 (メサイア症候群の構造とよく似ています)

「自分を失うことは、静かに起こる」

キルケゴールは、①の気づかない絶望について、こんな趣旨のことを書いています(拙訳・要約)。

最も大きな危険、つまり自分自身を失うことは、世の中ではまるで何事もないかのように、静かに起こりうる。 腕や足や財産を失えば、誰でもすぐに気づくのに。

キルケゴール『死に至る病』第1編より(デンマーク語原典をもとに筆者が要約・翻訳)

さらに、自分を失った人はかえって世の中でうまくやっていける、とも述べています。 周りに合わせ、波風を立てない人は、むしろ評価されるからです。

支援の現場で「しっかりした人」と評価されている人ほど、 この静かな喪失に気づきにくいのは、そのためです。評価されていることと、自分が自分であることは、別の問題なのです。

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キルケゴールからロジャーズへ

キルケゴールの考えは、現代のカウンセリングにも受け継がれています。 来談者中心療法を創始した心理学者カール・ロジャーズは、 著書『On Becoming a Person』の中でキルケゴールの次の言葉を引いています。

本当の自分自身であろうと欲することは、まさに絶望の反対である。

キルケゴール『死に至る病』より(筆者訳)。ロジャーズが同書の章題「本当の自分自身であること」とともに引用

ロジャーズは、人が「こうでなければ認められない」という条件(価値の条件)を取り込むことで、 本当の自分から離れていくと考えました。 キルケゴールが「絶望」と呼んだものを、ロジャーズは心理学の言葉で説明し直したと言えます。 (この「価値の条件」は条件つき自己価値の記事で詳しく扱っています)

よくある誤解と、この読み方の限界

誤解:「絶望」=気分の落ち込み

キルケゴールの絶望は、気分の問題ではありません。明るく元気に見える人も、絶望している場合があります。 逆に、気分の落ち込みや不眠が続く場合は、哲学ではなく医療の領域です。早めに専門家に相談してください。

限界:キルケゴールの答えは信仰にある

キルケゴールは、絶望から抜け出す道を、キリスト教の信仰の中に見ていました。 この記事では、その分析の部分を現代の支援職の悩みに置き換えて読んでいます。 信仰の部分まで含めて読みたい方は、原典にあたってみてください。

明日からできること

① 「平気です」の前に、一拍おく

反射的に「平気です」と答える前に、心の中で「本当は?」と自分に聞いてみます。 答えが出なくても構いません。自分に問いを向けることが、気づかない絶望から半歩出る入口です。

② 役割の外の自分に、時間を渡す

職員でも、家族の世話役でもない時間を、短くても持ちます。 その時間に自分は何をしたいのかを少しずつ探していくと、役割と自分の境目が見えてきます。

③ 助けられることを、自分に許す

キルケゴールによれば、自分の力だけで自分を支えようとすることも絶望の一つの形です。 頼ること、相談することは、弱さではなく、自分であり続けるための一つの方法です。

よくある質問

Q. キルケゴールの『死に至る病』とは、どんな本ですか?

A. デンマークの思想家キルケゴールが1849年に「アンチ・クリマクス」という筆名で出した著作です。「死に至る病」とは絶望のことで、人が自分自身との関係を見失っている状態を、いくつもの形に分けて分析しています。実存主義の源流とされ、のちの哲学や心理療法にも大きな影響を与えました。

Q. 「死に至る病」は、自殺や死について書かれた本ですか?

A. いいえ。ここでの「死」は肉体の死ではありません。キルケゴールは、絶望を「死ぬことさえできない苦しみ」、つまり自分自身から逃れることも、自分自身になることもできずにいる状態として描いています。もし今、強い絶望感や「消えてしまいたい」という気持ちが続いている場合は、本を読むより先に、医療機関や相談窓口に話してください。

Q. キルケゴールの「絶望」は、うつ病のことですか?

A. 同じではありません。キルケゴールの絶望は、気分の落ち込みではなく、「自分が自分であること」との関係のゆがみを指す哲学的な概念です。本人が平気だと感じていても絶望している場合がある、という点が特徴です。気分の落ち込みや不眠、食欲の変化などが続く場合は、うつ病などの可能性もあるため、医療機関に相談してください。

Q. キルケゴールとロジャーズには、どんなつながりがありますか?

A. 来談者中心療法を創始したカール・ロジャーズは、著書『On Becoming a Person』の中でキルケゴールの「本当の自分自身であろうと欲することは、まさに絶望の反対である」という言葉を引き、それを心理療法が目指す方向として説明しています。キルケゴールの哲学は、ロジャーズを通して現代のカウンセリングにも受け継がれています。

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引用箇所は、パブリックドメインのデンマーク語原典(Sygdommen til Døden, 1849)をもとに筆者が要約・翻訳したものです。本記事は思想を手がかりに支援職の心理を解説するもので、医学的な診断や治療に代わるものではありません。強い絶望感や「消えてしまいたい」という気持ちが続くときは、医療機関や相談窓口に相談してください。