偉人・学者から学ぶ | ニーチェ

監修

公認心理師による解説

障害福祉15年・カウンセリング累計300名以上の臨床経験/こころの相談室いしずえ運営

虐待、暴力、喪失、事故——。 支援の仕事では、ほかの人が一生のうちに聞かないような話を、日常的に聞くことがあります。 そして、ある日ふと気づきます。 ニュースを見るたびに最悪の想像をしてしまう。家族にさえ、以前ほど気を許せない。 世界が、少し前より暗く見える——。

この変化を、19世紀の哲学者が一行で言い当てています。フリードリヒ・ニーチェの、あまりにも有名な言葉です。

ニーチェと『善悪の彼岸』

ニーチェ(1844–1900)はドイツの哲学者です。 24歳でスイスのバーゼル大学の教授になりましたが、体調の悪化から10年ほどで職を辞し、 その後は各地を転々としながら執筆を続けました。 「神は死んだ」という言葉で知られるように、当時の価値観を根本から問い直した思想家です。

『善悪の彼岸』(1886年)は、短い断章を積み重ねた著作です。 その第4章「箴言と間奏曲」の146番目に、今回の言葉があります。

「深淵をのぞく時、深淵もまたこちらをのぞいている」

怪物と戦う者は、その過程で自らが怪物にならぬよう気をつけよ。
そして、長く深淵をのぞきこむなら、深淵もまたおまえの中をのぞきこむ。

ニーチェ『善悪の彼岸』146(ドイツ語原文より筆者訳)

よく知られているのは後半だけですが、前半とセットで読むと意味がはっきりします。 何か恐ろしいものに長く、真剣に向き合う人ほど、その対象に自分のほうが染められていく—— ニーチェが警告しているのは、そういう危うさです。

ニーチェ自身は、支援職のためにこの言葉を書いたわけではありません。 もともとは、悪や敵と戦う人間が、戦いの中で敵と似た存在になってしまう危険を指しているとされます。 けれど「深淵に長く向き合う人が、深淵に変えられる」という構造は、 現代の心理学が代理受傷と呼ぶものと、驚くほど重なります。

支援職に置き換えると——代理受傷という「深淵」

代理受傷(二次的外傷)とは、トラウマを負った人の話を共感をもって聞き続けることで、 支援者自身の心にもトラウマに似た変化が起きることです。 1990年に心理学者のマッキャンとパールマンが概念化しました。 特徴は、症状そのものよりも、支援者自身の「世界の見え方」が変わっていく点にあります。

① 世界が安全に見えなくなる

被害の話を聞き続けると、「世の中はどこも危ない」という感覚が強まります。 子どもを一人で外に出すのが怖くなる、夜道を必要以上に警戒する——といった変化として表れます。

② 人を信じにくくなる

人が人を傷つける話に繰り返し触れると、身近な人にさえ疑いの目を向けてしまうことがあります。 支援の現場では冷静でいられるのに、私生活で人間関係がぎくしゃくし始めるのは、珍しいことではありません。

③ 場面が頭から離れない

聞いた話の場面が、まるで自分が見たかのように浮かぶ。夢に出てくる。 休日にもふとした拍子に思い出してしまう。 これは、深淵が「こちらをのぞき返している」状態だといえます。

大切なのは、これが弱さや能力不足の結果ではないということです。 ニーチェの言葉どおり、深淵に「長く」向き合う人ほど影響を受けます。 つまり代理受傷は、真剣に、共感的に関わってきた人に起きやすい、仕事そのものに伴うリスクなのです。

侵入・回避・過覚醒の3つの面から、今の状態を確かめられます。

→ 二次的外傷(代理受傷)チェック(15項目)

「怪物にならぬよう」——もう一つの警告

前半の「怪物にならぬよう」も、支援職にとって無視できない警告です。 つらい話を聞き続けた支援者が、自分を守るために心を閉ざし、 利用者に冷たくなったり、皮肉っぽくなったりすることがあります。 燃え尽きの研究で「脱人格化」と呼ばれる状態です。

これも、怪物と戦ううちに自分が変わってしまう一つの形です。 冷たくなった自分に気づいたとき、それを性格の問題として責める必要はありません。心が限界に近づいているサインとして受け取ってください。 (共感疲労の全体像や共感疲労と二次的外傷の違いもあわせて読むと整理しやすくなります)

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誤読されやすいニーチェ——「私を殺さないものは、私を強くする」

ニーチェにはもう一つ、よく引用される言葉があります。 『偶像の黄昏』(1889年)の「箴言と矢」の8番にある、 「私を殺さないものは、私をより強くする」という一文です。

これを「つらい経験に耐えれば強くなれる」という意味で、支援職への励ましに使う人がいます。 けれど、代理受傷の文脈でこの読み方をするのは危険です。 トラウマのあとに成長が見られること(心的外傷後成長)は確かにありますが、 それは休息と支えがあってこそ起こるもので、我慢した量に比例するものではありません。 耐え続けることそのものが、深淵に長くのぞかれ続けることになるからです。

同じ『偶像の黄昏』には、もう一つの言葉もあります(「箴言と矢」12)。 「生きる『なぜ』を持っている者は、ほとんどどんな『いかに』にも耐えられる」。 支援職に置き換えるなら、つらさに耐える力は我慢の量ではなく、「自分はなぜこの仕事をしているのか」という意味から生まれる、ということです。 この言葉は、のちに精神科医のフランクルが著書で引用したことでも知られています。

深淵に飲まれないために——明日からできること

① 「のぞいている時間」に終わりを作る

ニーチェは「長く」のぞきこむことを警告しました。 仕事の終わりに、着替える、手を洗う、記録を閉じながら一言つぶやくなど、深淵から顔を上げる合図を決めておきます。小さな儀式でも、切り替えの助けになります。

② 一人でのぞかない

つらい話を一人で抱え続けるほど、影響は深くなります。 スーパービジョンや同僚との振り返りなど、聞いた話を安全に下ろせる場所を持ってください。 守秘義務の範囲で、職場の外の専門家に相談するのも一つの方法です。

③ 深淵以外のものを、意識して見る

人の優しさに触れた場面、回復していった人の姿、仕事と関係のない楽しみ。 世界の暗い面ばかりを見る仕事だからこそ、明るい面を見る時間を意図して作ることが、世界の見え方のバランスを保ちます。

よくある質問

Q. 「深淵をのぞく時、深淵もまたこちらをのぞいている」の出典はどこですか?

A. ニーチェの著作『善悪の彼岸』(1886年)の第4章「箴言と間奏曲」にある146番目の断章です。直前に「怪物と戦う者は、その過程で自らが怪物にならぬよう気をつけよ」という一文があり、二つでひとまとまりの言葉です。ネット上には出典不明の「ニーチェの名言」も多いので、引用するときは原典を確かめるのが安全です。

Q. 代理受傷(二次的外傷)とは何ですか?

A. トラウマを負った人の話を、共感をもって聞き続けることで、支援者自身の心にもトラウマに似た変化が起きることを指します。心理学者のマッキャンとパールマン(1990年)が提唱した概念で、「世界は安全だ」「人は信頼できる」といった、支援者自身の世界の見え方が少しずつ変わっていくのが特徴です。弱さや能力不足ではなく、共感して関わる仕事に伴う職業上のリスクです。

Q. 「死ななければ強くなる」というニーチェの言葉は、支援職を励ます言葉ですか?

A. 『偶像の黄昏』にある「私を殺さないものは、私をより強くする」のことだと思われますが、これを「つらい経験は耐えれば成長につながる」と読むのは危うい使い方です。トラウマ体験のあとに成長が見られることはありますが、それは適切な休息や支えがあってこそ起こるもので、我慢の量に比例するものではありません。支援者が自分を追い込む理由にはしないでください。

Q. 代理受傷が心配なとき、まず何をすればいいですか?

A. まず今の状態を把握することです。二次的外傷のチェックで、侵入(場面が頭に浮かぶ)・回避・過覚醒の3つの面を確認できます。そのうえで、つらい話を一人で抱えない仕組み(スーパービジョン、同僚との振り返り、カウンセリング)と、仕事と生活を切り替える時間を意識的に確保してください。

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引用箇所は、パブリックドメインのドイツ語原典(Jenseits von Gut und Böse, 1886/Götzen-Dämmerung, 1889)から筆者が翻訳したものです。本記事は思想を手がかりに支援職の心理を解説するもので、医学的な診断や治療に代わるものではありません。