偉人・学者から学ぶ | ウィリアム・ジェイムズ

監修

公認心理師による解説

障害福祉15年・カウンセリング累計300名以上の臨床経験/こころの相談室いしずえ運営

周りからは「よくやっている」と言われる。 実際、大きなミスもなく、利用者や家族から感謝されることもある。 それなのに、自分では少しも満足できない。 できなかったこと、足りなかったことばかりが頭に残る——。

なぜ、頑張っても自分を認められないのか。 この問いに、130年以上前にシンプルな式で答えた心理学者がいます。 「アメリカ心理学の父」と呼ばれるウィリアム・ジェイムズです。

ウィリアム・ジェイムズと『心理学原理』

ジェイムズ(1842–1910)は、ハーバード大学で教えたアメリカの心理学者・哲学者です。 医学を学んだのち、心を科学的に研究する心理学をアメリカで切り開き、 大著『心理学原理』(1890年)を著しました。 若いころには自身も長く気分の落ち込みに苦しんだことが、日記や手紙から知られています。

『心理学原理』の第10章「自己の意識」で、ジェイムズは自尊心について一つの式を示しました。

自尊心 = 成功 ÷ 願望

自尊心 = 成功 ÷ 願望

W. ジェイムズ『心理学原理』第10章(英語原文 Self-esteem = Success / Pretensions より)

ここでの「願望」は、自分はこうあるべきだ、これくらいはできて当然だという、自分に課している水準のことです。 ジェイムズはこの式について、こう続けています(拙訳)。

この分数は、分子を大きくすることでも、分母を小さくすることでも、同じように大きくできる。

同章(英語原文より筆者訳)

つまり、自尊心を上げる方法は二つあります。 もっと成功すること。あるいは、願望の水準を見直すことです。

支援職に置き換えると——分母が大きすぎる

支援職が「頑張っても満足できない」とき、問題は分子(成功)ではなく、分母(願望)にあることが少なくありません。

支援職が抱えがちな「分母」

  • ・すべての利用者に、最善の支援をするべきだ
  • ・どんなときも、感情的にならずに対応できて当然だ
  • ・同僚にも、家族にも、迷惑をかけてはいけない
  • ・仕事も家庭も、手を抜かずにやるべきだ

これだけ分母が大きいと、どれだけ分子を積み上げても、分数はなかなか大きくなりません。 周りから見れば十分な成果でも、本人の中では「まだ足りない」になってしまいます。 (完璧主義が支援職を追い詰める理由もあわせてどうぞ)

しかも支援の仕事には、終わりがありません。 分子を増やそうと頑張るほど、新しい課題が見え、分母も一緒に大きくなっていく——。 これが、真面目な支援職ほど燃え尽きやすい理由の一つです。

「願望を手放すことは、満たされるのと同じくらいの安らぎ」

ジェイムズは、分母を小さくすることについて、印象的な言葉を残しています(拙訳)。

願望を手放すことは、それが満たされるのと同じくらい、ありがたい安らぎをもたらす。

同章(英語原文より筆者訳)

そして、自分自身を例に、こう書いています(拙訳・要約)。

心理学者であることにすべてを賭けている私は、自分より心理学に詳しい人がいると悔しい。 けれど、ギリシャ語についてはまったく無知でも平気だ。 そこでの不足は、私に何の屈辱も感じさせない。

同章(英語原文より筆者訳・要約)

人が傷つくのは、自分が賭けている領域での失敗だけです。 何に自分を賭けるかを選べば、それ以外の領域での不足は、自尊心を削らなくなります。 願望を手放すとは、何もかもあきらめることではなく、賭ける場所を選び直すことなのです。

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人は、知っている人の数だけ自己を持つ

ジェイムズは同じ章で、人は自分を知っている人の数だけ「社会的な自己」を持つ、とも述べています。 職員としての自分、親としての自分、友人といるときの自分。

支援職は、このうち「職員としての自分」にすべてを賭けてしまいがちです。 すると、仕事でのつまずきが、そのまま自分という人間全体の否定に感じられます。 賭ける自己が一つしかないことの危うさは、のちの心理学で「自己複雑性」として研究されています。 (自己複雑性とはで詳しく扱っています)

この考え方の限界

式は、心のすべてを説明しない

「成功÷願望」はわかりやすい式ですが、自尊心のすべてを説明するものではありません。 たとえば、幼いころから「役に立てば価値がある」と学んできた人の場合、問題は願望の高さよりも、 自分の価値が条件つきになっていること自体にあります。 (この点はロジャーズの「価値の条件」の回で扱っています)

分母を下げても、職場の要求は下がらない

自分の基準を見直しても、人手不足や過大なノルマなど、職場から求められる水準そのものが高すぎる場合は、 それだけでは解決しません。環境の問題は、環境の側で扱う必要があります。

明日からできること

① 自分の「分母」を書き出す

「〜できて当然」「〜するべき」と思っていることを、思いつくだけ書き出します。 並べてみると、自分がどれだけ高い基準を当たり前にしてきたかが見えてきます。

② 「賭ける領域」を3つまでに絞る

書き出した基準の中から、本当に大切にしたいものを3つだけ選びます。 それ以外は、「ギリシャ語」の側——できなくても自分の価値は下がらない領域——に置いてみます。

③ 仕事以外の「自己」に時間を渡す

職員としての自分以外の顔を、意識して育てます。 賭ける自己が複数あれば、一つの領域でのつまずきが、自分全体を揺るがさなくなります。

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よくある質問

Q. ウィリアム・ジェイムズの「自尊心=成功÷願望」とは何ですか?

A. ジェイムズが『心理学原理』(1890年)で示した考え方で、自尊心は「実際にうまくいっていること(成功)」を「こうありたいと望んでいる水準(願望)」で割ったもので決まる、というものです。成功が同じでも、願望が高ければ自尊心は低くなります。自尊感情の研究の古典的な出発点として、今も引用されています。

Q. 願望を下げるのは、あきらめることではないのですか?

A. ジェイムズは、願望を手放すことは、願望が満たされるのと同じくらい大きな安らぎをもたらすと書いています。これは何もかもあきらめることではなく、「自分は何に自分を賭けるか」を選び直すことです。すべての領域で完璧を目指すのをやめ、本当に大切な領域に力を注ぐ、という意味で読むのが適切です。

Q. ジェイムズの「社会的自己」とは何ですか?

A. ジェイムズは、人は自分を知っている人の数だけ社会的な自己を持つと考えました。職場での自分、家族の中の自分、友人といるときの自分は、それぞれ別の顔を持っています。この考え方は、のちの自己複雑性の研究などにもつながっています。

Q. どれだけ頑張っても自分に満足できません。どうすればいいですか?

A. ジェイムズの式で考えると、成功(分子)を増やす努力だけでは追いつかないほど、願望(分母)が高くなっている可能性があります。自分が何を「当然できるべき」と思っているかを書き出し、その基準がどこから来たのかを見直してみてください。長年の基準は一人では見えにくいので、カウンセリングで整理するのも一つの方法です。

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引用箇所は、パブリックドメインの英語原典(The Principles of Psychology, 1890)から筆者が翻訳・要約したものです。本記事は心理学の古典を手がかりに支援職の心理を解説するもので、医学的な診断や治療に代わるものではありません。